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長五郎が認められた北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)は10月1日開かれ、北野の松原には1500〜600の茶屋が並んだ。拝殿内には秀吉が収集した名物茶道具がすらりと披露され中央には秀吉自慢の黄金作りの茶室が飾られた。拝殿の周りに特設された4つの茶席では、秀吉と千利休、津田宗及、今井宗休の4人が参会者に茶をたてた。
当日遅刻して門前に入れてもらえず、それがもとで病死した人まで出たという。秀吉は上機嫌で、昼からは会場内を見て回ったというから、長五郎の餅が目に止まったのもこの時かもしれない。
昭和11年10月8日から5日間、秀吉の大茶会350周年を記念して「昭和北野大茶湯」が開かれた。当時の京都日出新聞は「豊太閤の雅懐を偲ぶ 京洛に大茶湯」と特集面を組み、初日だけで全国から二千数百人が参加した、と報じられている。 |